どんなゲーム?
- 最初から最後まで、史実どおり。豊後日田の商家に生まれた少年が、病と向きあいながら学び、教えることで身を立て、江戸時代最大級の私塾・咸宜園を開くまで。広瀬淡窓の75年を、ファミコン風のドット絵でたどります。
- 咸宜園の学びを、そのまま体験。声に出して読む「素読」、朝5時起床の日課、塾生全員が役目をもつ「職任」、年齢・学歴・身分を問わない「三奪の法」、課業と月9回の試業で19段階に分ける「月旦評」。第四章では、あなたも塾生として詩・文・書・句読の試業に挑み、張り出された月旦評に名前がのります。第六章では、淡窓といっしょに万善簿へ白丸・黒丸をつけます。敵は「ミブン」「サビシサ」「クロマル」など、学びをはばむ心の影です。
- 一日ひとつの、善い行い。淡窓が白丸と黒丸で善い行いを記録した「万善簿」にちなんで、各章に白丸がかくれています。
広瀬淡窓ってどんな人?
広瀬淡窓(ひろせ たんそう/1782〜1856)は、豊後国日田(いまの大分県日田市)の商家に生まれた儒学者・教育者・漢詩人です。病弱のため家業を弟にまかせ、学問を教えることで身を立てました。1817年に開いた私塾「咸宜園」は、年齢・学歴・身分を問わずに受け入れ、毎月の成績で評価する実力主義の学校でした。
門下からは大村益次郎や長三洲らが育ち、咸宜園は明治30年まで続いて、入門者は延べ4,000人をこえました。いまは国の史跡で、2015年には日本遺産にも認定されています。
全8章
- 序章豆田町の寅之助1790年代
- 第一章亀井塾へ1797〜1799年
- 第二章病の床1800〜1805年
- 第三章桂林荘1805〜1807年
- 第四章咸宜園1817〜1818年
- 第五章郡代の干渉1824〜1831年
- 第六章万善簿1835〜1848年
- 終章咸宜の灯1855〜1856年
あそびかた
- 時間
- 全部で約1時間。章ごとに記録されるので、少しずつ遊べます。
- 操作
- 十字キーで移動、Aで話す・決める、Bでメニュー(どうぐ・わざ・せってい)。
- ふりがな
- 会話や選択肢にふりがなを付けられます。はじめに選べて、Bメニューの「せってい」でいつでも切りかえられます。
- あそびかた
- 「じっくり」はバトルで言葉を選びます。「かんたん」は効く返し方に★が付き、気力も減りません。「おはなしだけ」はバトルなしで物語と決めゼリフを読めます。
- 10問テスト
- タイトルのメニューから、お話をふりかえる10問テストに挑戦できます。
- 図鑑
- 出会った人物と、ことば・もの(咸宜、三奪の法、休道の詩など)が図鑑にたまっていきます。
史実の部分は資料で確かめられた範囲で描き、伝承や説はゲーム内でもそれとわかるようにしています。根拠にした資料と、史実・伝承・創作の区別は参考資料ページにまとめています。セーブはお使いのブラウザに保存されます。
ゆかりの地をたずねる
- 咸宜園跡大分県日田市淡窓。国の史跡。秋風庵と遠思楼が残り、咸宜園教育研究センターがあります。
- 豆田町大分県日田市。淡窓が生まれた博多屋のあった町。いまも古い町並みが残ります。
- 長福寺大分県日田市豆田町。淡窓が少年時代に学び、はじめて講義をした寺。本堂は国の重要文化財です。